②トーマの心臓

傷つけられた肉体と魂が、愛することも愛されることも諦めていた。

そんなユリスモールの中でトーマの言葉がこだまする。

『それでは死んだまま生きるようではないか。さみしすぎるではないか』

自分の苦痛の扱いに他人が抗議することほど鼻白むことはない。

そんな抗議は心に届かない。言葉では心に届かない。

『抗議ではないよ。きみの死んだ心を生き返らせたくて、ぼくの心臓を捧げることをいとわないという宣言だ』

馬鹿馬鹿しいと、取り合わなかった。徹底的にユリスモールは彼を無視した。送られた手紙はすべて読まずに破り捨てた。

だが、宣言して捧げられた心は地に落ちてから舞い上がり、誰にも見えなくなった。
それは事故死だとされた。誰もその真意に気付かなかった。
愛する人の傷が、けっして暴露されたりしないようにトーマもそれを望んだ。

ユリスモールは心を閉ざした。自分の傷だけでなく、トーマの死も心の水面に沈めた。彼の死は自分のせいか?そんな馬鹿なことがあるものか。考えるのはよそう。彼は足を滑らせて橋から落ちたのだ。

そんな中でエーリクが転校してくる。
エーリクはずけずけと、遠慮などなくユリスモールの心に土足で入り込む。事情を知らないからだ。何もかも知らないのにトーマの顔でユリスモールに、彼の死の理由を尋ねてくる。これは何かの罰だろうか。
彼をもう一度殺してやりたくなる。
そんな激しい感情をぶつけてしまう。
エーリクはユリスモールの態度に疑問をいだく。関心をもつ。

反発しながらも心を惹かれていく。そして、そして――。
ある本に挟まれて、見つかることを待っていたトーマのメッセージをエーリクが見つけることになる。

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少年達にさまざまなことが起こる。その出来事はひとりでには起こらない。誰かのそばで、それが起こったことが大切なのだ。
友人の死、家族の死、愛と暴力、エスケープ。

出来事のなかで彼らは少しずつ心を通わせることが出来るかもしれない。少年の日のなかで愛すべき人がそばにいたこと。愛すべき人のそばにいること。
相手を理解したいという思いと相手に理解して欲しいという願いが重なって、自分をとらえて離さない。そしてその願望が相手を追い詰めることになる。あるいは追い詰められなければ答えが出せないこともある。

ユリスモールの告白は彼を解放することが出来ただろうか。告白そのものが答えであるようにぼくには思えた。

誰になにをすべきかなど、トーマに似ても似つかないぼくには、理解するきっかけすら掴めないままでいる。それでも、だからこそ繰り返し読んでしまう物語。傑作です。