『エリザベート』①ヨーゼフのロンド

 皇帝フランツ・ヨーゼフは、母のゾフィーが妻のエリザベートを王宮に適応させようと教育していることを知っていた。それがエリザベートの自由を強く束縛するものだということも。
彼は結婚当初はそれが必要だと思っていたが、エリザベートの望みは違った。我が子を取り上げられ、ゾフィーに奪われたと感じていたエリザベートは自由を勝ち得るために行動する。王妃である自分の力が皇帝にとって必要になったとき、妻か母か、どちらの側に立つかの選択を皇帝である夫に突き付けたのだ。
フランツ・ヨーゼフとしての答えは妻を選んだ。彼はエリザベートを失いたくなかったのだ。だが、皇帝としての役目はまた違っていた。
そのふたつの解離が彼をオーストリア皇帝としての責務を果たさせつつ、自由を求めて行動する妻のエリザベートを追認する、という夫婦の形をつくっていくことになった。

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舞台の最後にレビューを歌うヨーゼフもまた、トートのようにエリザベートに恋をしていた。
そのことが彼を見ているとわかる。
トートが歌い続けた「愛と死の輪舞」。エリザベートがトートと共に湖を渡ってしまったすぐあとに、ヨーゼフがその歌を歌うことで、鏡合わせのものを見るかのように彼の心の中の様子がよくわかるのだ。

♪「愛と死の輪舞」reprise
返してあげよう、その命を
そのときあなたは僕を忘れ去る
あなたの愛を勝ちうるまで追いかけよう
どこまでも追いかけてゆこう
愛と死の輪舞

皇帝はエリザベートの死を悼んだだろう。そして何をした?その心は、彼女を追いかけたのではないか?
皇帝と王妃の役目が彼女の命でもある自由を奪っていたのだとしても、ヨーゼフは自分の力ではそれを変えることは出来なかった。
彼女は最後にトートによって自由になった。ヨーゼフは自分が縛っていた彼女の命を、彼女に返したのだと気付いたのだ。
だからこの歌を歌ったのだ。

彼はエリザベートを愛したのだろう。だが同時に皇帝である彼がエリザベートを愛することで、彼女の自由さや輝きを縛っていることに気付いていた。
それでも王家のしきたりや伝統に優先される生活は、政治や権威のため、ひいては国家と国民のために必要な犠牲でもあると彼は考えていた。
だがそのせいで、彼の愛がエリザベートの本来の魅力を失わせてゆくのが歯がゆかったのではないか。そうでなければ、いくら王妃に美貌と力があったとはいえ、自由な旅と王宮を離れた行動を長年に渡って許しはしなかったはずだ。
それはむしろ、彼がエリザベートに許されるための選択だったのかも知れない。
エリザベートの旅と美への浪費に見える大きな支出は、厳しいオーストリアの財政に与える影響はたしかにあった。
だがヨーゼフ自身は服が破れても繕わせて節制させたと伝わっている。妻が自由にしているのだから、自分も贅沢をしたいなどという発想は彼にはまるでなかったのだろう。
自分が王家に縛り続けているエリザベートが少しでも自由に振る舞えるように、せめて自分は倹約につとめたかった。そういう人物だからエリザベートも彼を愛したのだろう。
だから二人の間の息子を失うことになる選択も、父親としてではなく皇帝として下したものだった。ヨーゼフはエリザベートを愛したが皇帝として生きた。そう生きねばならなかった。
エリザベートもまた最後まで、皇帝を支える王妃としてだけではなく彼女自身としてとして生きねばならなかったのだ。

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これは美談ではない。妥協でもない。
互いが譲らずに生き残る道を探り続けて、自分というものを見失わないように必死に彷徨っていた夫婦がいたということだ。だからこそ終盤の、同じベンチに座らずに来し方と行く末を話しつづける二人の姿に心を打たれるのだ。
そして、エリザベートの長い長い物語が終わり、レビューのショーが始まるときになってはじめて、ヨーゼフは冒頭の歌を歌う。 
トートが歌い続けていたそれをヨーゼフがまた歌う。たしかに愛と死が輪舞のように廻っている。鏡の中の黄泉の国ーー彼岸から此岸へとトートが歌いつづけた恋の歌を
いってしまった彼女にむけて、ヨーゼフは此岸から彼岸へと歌ったのだ。

次回につづく

トートはどうだったのか?➡②
エリザベートとして生きる、とはどういうことなのか?➡③ 

ここでこの歌をこの人に歌わせるのか!という意味で最も衝撃的だったのがヨーゼフの歌う、この「愛と死の輪舞」だった。まさにリプライズ、繰り返しの真骨頂だったように思う。